海洋プラスチックごみを工芸品に。技術とデザインのイノベーション
田所沙弓氏 参照:https://spaceshipearth.jp/techno-labo/
田所沙弓氏は1990年神奈川県の生まれです。多摩美術大学プロダクトデザイン専攻卒業後、2013年プラスチックメーカーである株式会社テクノラボに入社。学生時代からプラスチックという資材が好きで表現方法に取り組んできましたが、海洋プラスチックごみの問題を知り、単なるリサイクルではなく使い続けられる「工芸品にする」ことを発案しました。自らがデザインを手掛け、同社の技術力で誕生した「buøy(ブイ)」というブランドは、プラスチック製品の大きな転換点として各方面から注目を集めています。
プラスチックは環境に悪いのか?
海洋プラスチックごみを回収する様子 参照:https://spaceshipearth.jp/techno-labo/
田所氏が海洋プラスチックごみを利用しようと思い立ったきっかけは、あるデザイン発注のときに言われた言葉でした。「SDGsやサスティナブルの観点から、プラスチックの質感を隠して製品にして欲しい」。確かにプラスチックは環境負荷の問題から、レジ袋問題やストロー問題など利用されなくなってきています。
しかし、田所氏は、美大時代からプラスチックという素材が好きで、軽く、自由自在に形成でき、介護や医療など多様な現場で役立つ製品が作れる特性も注目されるべきだと考えていました。そこで、田所氏は社内の有志を集めて、本当にプラスチックは環境に悪いのかを検証するため、逗子海岸のビーチクリーンをおこなったのです。
「捨てられなければ」という発想の転換
集まったプラスチックごみ 参照:https://spaceshipearth.jp/techno-labo/
ビーチの清掃をしてみると、実際に多くの海洋プラスチックごみが回収されて、田所氏は非常に驚きます。しかし、同時にこの環境負荷の問題は、プラスチックが「捨てられない」ことで緩和されるのではないかとの思いを持ったといいます。
そこで、思いついたのが、そこで、プラスチックの魅力を最大限に引き出し、使い捨てられないサスティナブルな製品、プラスチックの工芸品シリーズ「buøy(ブイ)」だったのです。
プラスチックという優れた素材が、「使い捨て」にされることにより、環境負荷になってしまう。それを防ぐにはプラスチック製品を規制するのではなく「使い捨て」をしない製品にすれば良いのではない、その田所氏の逆転の発想は大きな注目を集めることになります。
長く使える1点ものの工芸品に
リサイクルされた「buøy(ブイ)」のトレー製品 参照:https://spaceshipearth.jp/techno-labo/
田所氏がこだわったのは、「プラスチック=安っぽい」という概念を払拭することでした。安価なものであれば、また「使い捨て」にされてしまい、環境負荷の原因となってしまいます。そこで、「buøy(ブイ)」では製品を1点ものにできるように工夫を加えていきます。
技術的な難しさを特徴へと変える
さまざまな模様の皿 参照:https://ideasforgood.jp/2020/11/05/buoy/
海洋プラスチックごみは、非常にさまざまな色や大きさ、素材の種類があります。素材が違えば加工する時の温度も異なりますし、色も統一性がありません。そして、これを選別しようとすれば非常に大きなコストがかかりますし、技術的にも難しいことになります。そこで、田所氏が考えたのが、無選別ですべての種類をひとつに成形しまうことでした。
このようにすることで、色や素材が複雑に絡み合い、独特の模様を形成します。また、材料はバラバラですので、形状は同じでも一つとして同じ模様は出来ません。このことが「1点ものの工芸品」という条件にピッタリとハマったのです。
新しいプラスチックのカタチを模索する
植木鉢のシリーズもあります 参照:https://spaceshipearth.jp/techno-labo/
「buøy(ブイ)」では現在食器やキーホルダーなどのアイテムを中心に展開して、全国の雑貨店などで販売されています。また、2020年には日本財団と環境省の共同事業「海ゴミゼロアワード2020」も受賞しています。そして、材料となる海洋プラスチックごみは、ビーチクリーンを行うボランティア団体や、海を守る取り組みをしている企業などと協力。海洋プラスチックを買い取ることで、団体への活動支援にも寄与しています。
このようなアプローチは、今後の地球環境を維持していくためにはもちろん、新しい文化を生み出すためにも非常に大きな意味があります。「プラスチックは安価で使い捨てられる素材という概念を一度捨てて、他の素材と同じように大切に使ってみませんか。そのために、私たちはずっと永く使い続けたい、捨てたくないと思えるプラスチック製品や工芸品をこれからも作り続けていきます」と田所氏が語るように、私達ももう一度、プラスチックの価値を見直してみることも必要なのかもしれません。