自然から学んだことをデザインに活かすということ
倉本 仁氏 参照:https://www.jinkuramoto.com/about/
倉本仁氏は、1976年生まれで兵庫県の淡路島の出身です。金沢美術工芸大学 産業美術学科工業デザイン専攻を卒業、大手メーカーNECのインハウスデザイナーとして勤務、8年間経験を積んだ後に、2008年自らのデザインスタジオである「JIN KURAMOTO STUDIO」を設立しました。家電製品やアイウェア、車など多方面で活躍、海外での受賞歴も多数あり、グッドデザイン賞の審査員も務めた倉本氏。そのデザインの原点は自然豊かな地で過ごした少年時代にあると言います。今回は海洋問題や伝統工芸などにも積極的にアプローチしているデザイナー、倉本仁氏をご紹介します。
自然が大好だから描くことも好きになった
独創的なデザインの熱中症対策ウォッチCNRIA。熱中症を未然に予防するウェアラブルデバイス。 参照:https://www.jinkuramoto.com/project/https://www.jinkuramoto.com/project/
海で釣りをして山を駆け回る、淡路島の自然を遊び相手に倉本氏は少年時代を過ごしていました。そして、デザイナーの道を選ぶきっかけも、この豊富な自然のなかにあったといいます。
「近所に芸大卒のお兄さんがいて、子供らに絵を教えてくれたんです。ファミコンなんかせんと、自然に触れて遊びながら学べと。山ん中で楽しくスケッチしたりして、絵心が芽生えました」。自然が大好きだったからこそ、それを描くことも好きになり、それは次第に「ものづくり」という道を歩むきっかけとなっていきます。
「高校時代は瓦屋さんでアルバイトをして、大工に憧れたり。勉強は嫌いでも、物づくりは好きでした。そんな息子の性分を見抜いた父親から、美大へ行けと勧められて。最初は受け身のスタートだったんですよ」 と語るように、当初は父親の勧めで進学した美大でしたが、在学中、そしてNECへの就職という道程のなかで倉本氏は次第にプロデザイナーとしての自分を確立していきます。
試行錯誤を繰り返す大切さ
吹きガラスと射出成形を併用したガラス製の水差し。 参照:https://www.jinkuramoto.com/project/https://www.jinkuramoto.com/project/
「巨匠と言われるデザイナーの概念や表現が気になり始めて、自分も想いを形にしてみようと、コンペに出品するようになって。勤め人なのに、勝手を許してくれた上司たちにも感謝しています。淡路島のおぼこい少年がデザイナーとして世に出ることができたのは、たくさんの導き手があったから。私にとって、デザインは、コミュニケーションそのもの。育ててくれた社会への恩返しでもあるのです」 と語る倉本氏。独立をして自らのデザインスタジオを立ち上げてから、プロのデザイナーとして大切にしているのは、試行錯誤を繰り返すことだといいます。
「試作品のほとんどが日の目を見ることのない失敗作なのですが、その中に輝きを放つ1%の正解があるんです」。そして、その考え方は倉本氏が挑戦している海洋ごみ問題や伝統工芸品とのコラボレーションといった仕事にも共通しています。
故郷に思いを馳せ、環境問題や伝統工芸にもアプローチ
淡路瓦の技術を使い製造、ブロック状の塊に半円を穿った「B-02」 参照:https://jp.idreit.com/article/2021/interview-with-jin-kuramoto
倉本氏は家具から家電製品まで、幅広いプロダクトデザインを手掛けるデザイナーです。そのなかでも、生まれ故郷である淡路島の「淡路瓦」とのコラボレーションが注目されました。また、子供の頃に体験した豊かな自然環境を守るためのアプローチにも、積極的におこなっています。
淡路瓦を使用したブランド「Oiya(オイヤ)」
瓦を脚に用いたベンチ「F-05」 照:https://jp.idreit.com/article/2021/interview-with-jin-kuramoto
400年以上の歴史があると言われる淡路瓦。日本三大瓦にも数えられる銘品ですが、近年の住宅事情により、その生産数は減少し続けているのが現状です。そこで、危機感を持った瓦メーカーの有志が集い、タイルのような建材を制作することになりました。
そのとき白羽の矢が経ったのが地元出身の倉本氏だったのです。さまざまな思案の末、倉本氏が提案したデザインはタイルとしてはウィークポイントとも言える「不揃い」ということでした。
「瓦は焼成するときに9〜12%くらい縮むし、形に歪みが生まれます。乾式でプレス成形するセラミックタイルと比べると寸法の精度は落ちますが、そうした瓦ならではの不揃いさをデザインのポイントにしたいと考えました。有機的な雰囲気がいまの時代にちょうど合うと思いましたし、独特のゆらぎのような空気感を含め、建築家たちに選んでほしいと考えたのです」。この試みは成功を収め、独特の空気感を持った素材として好評を博しています。
環境を維持していくためにデザインに出来ること
海洋ゴミの山(右)と倉本氏が立ち上げたルアーブランド「Left」の試作品。 参照:https://3710lab.com/contents/3151/
伝統工芸とのコラボレーションなどと並び、倉本氏が今後力を入れていきたいとしているテーマが自然環境の維持ということ。子供の頃から大好きだった自然を守りたいという気持ちから、海洋ごみ問題にも興味を持ったといいます。例えば釣り仲間のデザイナーたちと企画していることが「海洋プラスチックゴミを使用したルアー」。実現すれば大きな啓蒙活動になるでしょう。
また、環境維持のためにデザインが出来ることを、倉本氏は次のように語ります。「いろんな切り口がありますが、一番はコミュニケーションではないでしょうか。例えば、iPhoneって説明書がなくてもなんとなく使えるじゃないですか。それはデザインが優れているということだと思うんです。言葉にしてしまうと伝わりにくいことも、物事の姿を整えることで、作り手の思いを使う人に届ける橋渡しをするのがデザイン。また、それが双方向のものであるというのもデザインの特徴だと思います」。この言葉のように、デザインが生み出すコミュニケーションにより、自然環境を維持しながら快適な社会生活が送れる時代はすぐそこにきているのかもしれません。