日本で唯一の津屋崎人形を製造する工房の八代目
原田 翔平氏 参照:https://www.athome-tobira.jp/story/158-harada-shohei.html
原田翔平氏は1989年福岡県の出身です。現在、国内で唯一「津屋崎人形(つやさきにんぎょう)」を製造する「筑前津屋崎人形巧房」の八代目として伝統を受け継ぐべく、人形づくりに励んでいます。今回は、福岡県福津市津屋崎という風土が生んだ伝統玩具をこよなく愛する若き職人をご紹介していきます。
「福岡県特産民芸品」を製造する創業240年の工房
縁起物として古くから愛されてきた、フクロウの姿をした「モマ笛」 参照:https://tsuyazaki-ningyo.stores.jp/
津屋崎人形とは、福岡県福津市津屋崎で江戸時代後期から作られている素焼きの土人形です。津屋崎は、かつて福岡県宗像郡にあった町名です。町の西部から北部にかけては玄界灘に面していて、自然豊かで海や空気がとてもきれいな風光明媚な土地として有名です。町の海岸にはアカウミガメが生息しており、CMに使われたこともあるほどです。福岡都市圏および宗像地方を代表する夏の観光スポットの1つともなっています。
その美しい土地が生み出した郷土玩具・郷土芸術が 津屋崎人形です。津屋崎で採れる良質な土を活用して、1777年、筑前津屋崎人形巧房初代の原田卯七氏により、素朴な表情の人形や動物を製造したのが始まりだと言われています。そして、現在では「福岡県特産民芸品」に指定されており、また平成21年に福津市より、優れた工芸品として「福津の極み」にも認定されています。
購入者の一言がきっかけで人形師の道へ
さまざまな表情の人形たち 参照:https://tsuyazaki-ningyo.stores.jp/
歴史ある筑前津屋崎人形巧房の長男として生まれた原田翔平氏ですが、家業を継ぐ意思はまったくなかったと言います。大学を卒業後は公務員として働き、人形づくりとは無縁の生活を送っていました。
しかし、たまたま、展示会の手伝いをしていたとき、来場した顧客から「以前購入した人形を我が子のように大事にしている」、という話しを聞きました。原田氏はその言葉を聞いて、そこまで津屋崎人形を愛してくれる人がいることを知り、この技術を次代に残していかなければならないと思い、家業を継ぐ決意をしたのです。
津屋崎という土地でなければ製造できない郷土工芸品
アクセサリーとして付けられる「津屋崎ピンズ」 参照:https://tsuyazaki-ningyo.stores.jp/
海があり、山がある風光明媚な津屋崎。津屋崎人形は、この土地でなければ製造できないと、確信を持って原田氏は言います。
故郷を離れた人に郷土の想いを
モマ笛(小) 絵付け体験セット 参照:https://tsuyazaki-ningyo.stores.jp/
「津屋崎には海があって、港があって、山があって、風が吹き・・・、津屋崎人形は『津屋崎そのもの』だと思うんです。人形の中に郷土の風景を感じることができます」と、語る原田氏。
人形を作るときに大切にしていることは、津屋崎という故郷を離れてしまった人たちに、ほんの一瞬でも津屋崎の事を思い出し、故郷を懐かしく感じてもらえるように心を込めることだといいます。「津屋崎の方々が津屋崎人形を故郷の誇りと思ってもらえたら、それ以上に幸せなことはありません」とも語り、この仕事に対する思い入れの強さが伝わります。
素朴だが奥深い手作りの味わい
絵付けの様子 参照:https://tsuyazaki-ningyo.stores.jp/
津屋崎人形は、地元の人にとっては馴染み深く懐かしいものです。そして、その他の地域の人にとっても、非常に素朴でユーモラス、現代的なモチーフもあり、人気のある郷土工芸品のひとつです。
製造方法は正面と背面の2枚型に、手押し製法で粘土を押し込み、組み合わせ作られます。型から外すと手作業で形を整え、素焼き、絵付けなどもすべて手作業。そのため、焼きの具合で形状が微妙に違ったり、絵付けも一体一体違うことが魅力となっています。
特に人形の表情は代々工房の当主たちは時代に合わせ、自分ならではの人形を作ってきたそうです。これから原田氏もさらに精進を重ねて、八代目となるころには独自の素晴らしい表情を魅せてくれるでしょう。