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櫛とヘアーブラシの歴史
髪を整えるために不可欠な道具、櫛やヘアーブラシ。特に櫛の歴史は非常に古くまで遡ることができます。昔の人々は櫛を使い、髪の毛の手入れをおこなう審美的な行為のほか、ダニやホコリを除去するためにも使用していました。どのような歴史があるのか、ご紹介していきましょう。
日本で最古の櫛は縄文時代にまで遡る
世界的にも櫛は古くから使用されていたと考えられます。古代エジプト王朝では、すでに現在の形状に近い、歯を持った櫛が広く使用されていたといいます。ヨーロッパでは、12世紀から13世紀にかけて、衛生環境が高まり、都市には公衆浴場なども設置されます。人々は入浴時に爪の手入れや散髪などをおこなっていました。この時代では男女問わず長髪が多く、入浴をしないときには必ず櫛で髪をとくことが日課であり、これは髪を手入れする意味とノミやシラミがつかないようにする予防の効果もあったといいます。西洋の人々は東洋人の直毛とは違いウェーブがかかった髪が多く、櫛も荒い目と細かい目の両歯式が多かったようです。素材は木材も見られますが、象牙やべっ甲などが主流でした。
一方、日本での歴史を見てみると、最古とみられる櫛は佐賀市にある「東名遺跡(ひがしみょういせき)」から出土されたものとされています。同遺跡は集落や貝塚がある貴重な遺跡として知られていて、その存在した時代は縄文時代の早期、約7000年前と考えられます。
その櫛の形状は、「堅櫛(たてくし)」という種類で、歯の部分が長く、縦に長いものです。髪をとくほかにも、髪飾りとしても使用されていたようです。
縄文時代の後期に出土した櫛では、 堅櫛に変わり「横櫛(よこくし)」が多くなっていきます。横櫛は歯が比較的短く、横長の形状をしており、堅櫛 よりも機能的に髪をとくことができます。この頃になるとさまざまな髪留めなども確認されて、文化の発展がうかがえます。
江戸時代に開花した髪に関する文化
櫛はその後も、大陸などの影響を受けて進化していきますが、大きく変化したのが江戸時代の後期以降でしょう。平和な時代が長く続き、女性たちはさまざまな髪型を楽しむようになります。櫛は髪をとかすだけではなく、装身具としても使用され、螺鈿や蒔絵などが施された高級品もつくられるようになります。また、大切に身につけるもの、女性の大切な髪に関するものとして、後にご紹介する数々の言い伝えも生まれていくのです。
ヘアーブラシの歴史
櫛と比べると、ヘアーブラシの歴史はあまりわかっていません。櫛から派生したものと考えられますが、刷毛(ハケ・ブラシ)を原型にしているとも考えられます。西洋では、前述のようにウェーブのかかった髪が多かったため、ヘアーブラシは日本よりもだいぶ早く使用されていたようです。日本でヘアーブラシが製造され始めたのは明治頃からで、その製造元は江戸時代から続く刷毛専門店と言われています。
正確な歴史ははっきりとしませんが、現代でもヘアーブラシは櫛と並んで、髪の毛を手入れする重要なアイテムだということは間違いありません。
さまざまな種類がある櫛とヘアーブラシの世界
櫛もヘアーブラシも、その用途によって、さまざまな種類があります。日本髪を結うときの和櫛などは細かく分けると20種類以上のものがあると言われています。また、ヘアーブラシも、現代の多彩な髪型に合わせて多くの種類が開発されてきました。
伝統的な和櫛の素材と種類
まず、櫛の素材からご紹介しましょう。現代でこそプラスチック製のものなどが多く出回っていますが、和櫛の素材として最も適していると認定されているのが「つげ」です。つげは、国内では西日本から南に見られる常緑広葉樹のことです。木目が細かく、耐久性も非常に高いので、江戸時代から和櫛の素材としては最高級品となっています。特に静電気が起こりにくいなど、髪の毛に優しく、手入れをしておけば一生物とも言われる耐久性などが現代でも注目されています。
櫛の種類に関しては、前述したように伝統的に用途や大きさによって非常に多くありますが、つげ櫛の製造元でも、現代の髪型に合わせてシンプルな商品構成で販売していることも多いです。例えば、基本的な髪をとかす櫛やセットをするときに使用する櫛、男性用の櫛などです。一方で、伝統的な和櫛も同時に扱っている場合が多く、日本髪を結うプロの道具や細かい細工を施した飾り櫛なども見られます。
世界各国で使用されるヘアーブラシの種類
ヘアーブラシは、主に欧米を中心として発達してきたと考えられます。種類も櫛と同様に多くあります。例えば、「デンマンブラシ」は、イギリスの企業デンマン社が開発したもので、ブローなどのときによく使用されます。日本で古くからヘアーブラシを製造している企業では、ブラシ部分の配列などで種類を分けていることが多いようです。また、そのような製造元では、天然の猪毛などを使用して、丁寧にブラシづくりをしています。
櫛にまつわる文化と言い伝え
古来から櫛には霊力や呪力といった、超自然的な力があると思われていました。それが転じて、櫛にまつわるマナーとか、縁起に関する文化や言い伝えになっているものもあります。
櫛は縁起が悪いものなのか?
一般的には「くし」と「苦」「死」の語呂合わせによって縁起が悪いという考え方があります。例えば落ちている櫛を拾うのは、「苦死を拾うこと」になり禁忌であったり、贈り物には櫛を送るのはマナー違反だったりという言い伝えもあります。ただ、落ちている櫛は一度踏めば難を逃れるとか、贈り物のときには櫛ではなく「かんざし」と言い換えて送れば良いとか、さまざまな解釈があるようです。
櫛には不思議な力があると言い伝えられている
上記のような言い伝えや迷信は、単に語呂合わせではなく、櫛が超自然的な力を持っているのではないかという考え方からも生まれているのではないでしょうか。
櫛は女性が大切にしている髪の毛を手入れするものです。昔は頭部に魂が宿ると考えている人が多く、髪の毛は頭部と同一視されることもあったようです。つまり、人間の魂に接している道具として、使う人の願いや恨みなどが櫛に込められるという発想です。そのため、縁起が悪いと考えられたり、逆に譲り受けたものをお守りとする考え方もあります。
古事記にもスサノオノミコトが櫛名田比売(クシナダヒメ)を櫛に変える記述があったり、宮中では櫛を使用した儀式もおこなわれていたようで、櫛には不思議な力があると考えられていました。
職人手作りの櫛やヘアーブラシは量産品とは大きく違う
現代の櫛やヘアーブラシは、さまざまな方法で生産されています。特に多いのがプラスティック製のもので、ビジネスホテルなどのアメニティなどで使ったことがある方も多いでしょう。もちろん、プラスティック製が悪いというわけではありません。髪を整えるには十分機能していますし、なによりも安価です。
しかし、伝統的な手法を使い、丁寧に職人が手作りをした櫛やヘアーブラシには、機能面でも品質の面でも量産品では感じられない大きな魅力があります。
手作り櫛の特徴と製造工程
職人が丁寧に製作した櫛は、飾り櫛のように装飾が施されていなくても、木目の美しさや機能美が感じられます。また、プラスティック製と違って、静電気を発生させづらく木の感触が頭皮の刺激となり、マッサージ効果もあるといわれています。
しかし、その工程は非常に手間のかかるものとなっています。まず、原木を1年程度乾燥させてから、燻して陰干しをすることを繰り返します。その工程には3年から5年ほどかかりますが、この工程によって櫛の耐久性が大きく増すということです。その後は櫛の形状をつくっていく作業になりますがその中で特に重要なのが、歯をつくっていく作業です。1本1本の歯を丁寧に磨いていくことにより、髪をとく感触も良くなっていきます。
こうして出来上がった櫛は、長く、ときには一生涯使用できる逸品になるのです。
ヘアーブラシの特徴と製造工程
手作りのヘアーブラシでは、土台部分に楽器や仏壇などにも使用される黒檀という硬い木材が使用されることが多いです。見た目もつややかで、高級感のある材質です。また、ブラシの部分には猪や豚の毛が使用されていて、製造工程では職人が1本1本手植えで植毛をしています。
天然の毛を使用することによって、静電気が起きにくくなり、適度な頭皮への刺激で使用する方の美しい髪の毛を維持してくれる効果が期待できます。
櫛・ブラシ職人は、常に美しさと機能性を考えて製作をする
職人が手作りをした櫛やヘアーブラシは、量産品よりも高額になります。しかし、それだけメリットも大きいのです。手作りの櫛やヘアーブラシの形状も量産品でも一見同じに見えるかもしれません。しかし、職人は、常に手にとった人の使いやすさや感触、見た目の美しさを意識しながら製作をしています。一度手に取っていただければわかると思いますが、使用感も質感も、量産品とは大きく異なります。ぜひ、一度櫛やヘアーブラシの逸品を手にしてみてください。
身近であるからこそ、古来から大切にされ畏れられる存在
櫛やヘアーブラシは、毎日使う非常に身近なものです。あまりにも身近すぎて、もしかしたら、日常生活であまり意識をしないこともあるかもしれません。しかし、いざ使いたいときに無ければとても困るものでもあります。
それは現代でも昔でも同じことで、特に昔は手軽に手に入るものではなかったですから、大切に生涯に渡って使われていたことでしょう。そして、それが櫛というものに女性の情念を感じ、一部では櫛が畏怖の対象となってしまったのかもしれません。ただ、それは良くも悪くも、身近で大切にされてきた証ということにもなるのです。
現在では、櫛やヘアーブラシは、安価な量産品が主体となっていて、職人が手作りをしているものがあることさえ知らない方もいるかもしれません。しかし、昔から受け継がれている製法が未だに淘汰されていないということは、手作り製品の良さが現代でも認められているということです。
みなさんも、手作りの櫛やブラシの情報や匠の情報がありましたら、ぜひお知らせください。より多くの方に職人手作りの櫛やブラシのことを知っていただく機会にしたいと思います。