都道府県の中で最も大きく、大自然豊かな北海道。その北海道の大自然と共存してきた先住民族が「アイヌ民族」です。アイヌの人々が日常生活に使用していたもので「二風谷(にぶたに)イタ」があります。
アイヌ独特の文様が彫られた二風谷イタですが、現代もその技術は職人たちに引き継がれており、2013年には国の伝統的工芸品としても認定されました。この記事では、北海道が誇るアイヌの伝統工芸品「二風谷イタ」の魅力や歴史について紹介します。
二風谷イタとは?
二風谷イタとは、アイヌの伝統文様が刻まれた木彫りのお盆です。おもに北海道沙流郡平取町で作られています。お盆のような形をしていますが、当時のアイヌの暮らしでは、直接料理を盛りつけるお皿として使用されていました。
二風谷イタはアイヌの暮らしでは日用品として使用されていましたが、現代は国の伝統的工芸品として存続しています。
特徴や素材
二風谷イタの特徴は、アイヌ独特の文様が刻まれているところです。アイヌ語で「モレウノカ(渦巻型の文様)」「アイウㇱノカ(棘状の文様)」「シㇰノカ(目のような文様)」が組み合わされて彫られています。
そしてその文様のスペースを埋めるように「ラㇺラㇺノカ」というウロコ彫りがされ、美しく洗練された工芸品となっています。素材となるのは、3〜4年間乾燥させたカツラやクルミです。
アイヌ関連の話題が注目されている?
アイヌ新法をはじめとし、近年はアイヌ関連の話題が注目されています。それは木彫家の「貝澤徹」氏がテレビ出演したことや直木賞受賞作である『熱源』、漫画の『ゴールデンカムイ』など、幅広くアイヌの文化や自然観が発信されるようになったためでしょう。また2020年には、北海道で「ウポポイ(民族共生象徴空間)」という施設が創設され、注目を集めています。
二風谷イタの歴史
二風谷イタの歴史は古く、料理の盛りつけで使用されるだけではありません。幕末には沙流川地域で作られた半月盆や丸盆が、幕府へ献上する産品のひとつでもありました。
明治時代には、「貝澤ウトレントク」「貝澤ウエサナシ」といった名工たちが、地域独特の文様を彫り込んだ盆や小物を制作し、販売していました。その伝統技術が何世代にもわたり、現代へと引き継がれています。
当時、アイヌの日常生活では「マキリ」と呼ばれる小刀が欠かせませんでした。マキリは山猟(やまさつ)や炊事で頻繁に使用するため、男性たちはマキリを器用に取り扱うことが得意でした。アイヌの男性は適齢期になると、そのステータスを生かし、目当ての女性に木彫りの作品を贈っていたそうです。
そのような背景があり、二風谷イタをはじめとするアイヌの木彫り作品は、贈与・交換・販売という商取引にも高い価値が認められていました。そして二風谷イタは2013年の3月に、北海道ではじめて伝統的工芸品として指定されました。
二風谷イタの制作工程
ここでは二風谷イタがどのようにして作られるのか紹介します。いまでは彫刻刀を複数使って丁寧に作れますが、当時のアイヌ民族は、マキリ1本で作っていました。
底取り
まずは荒彫りで、盆の深さや彫る面を調整していきます。内側にある縁のラインも、丸ノミで丁寧に仕上げます。荒彫りをしたイタの内側を、皮裁ち包丁で彫り込み、面の深さを整えて滑らかにするのがポイントです。
裏面仕上げ
イタの裏面の角を面取りします。裏面仕上げを丁寧に行うことで、作品の手触りの良さが決まります。ここまでで、イタの形が完成です。
文様削り
イタの表面に文様をデザインする作業です。ラインに沿って三角刀で線取りをします。「モレウノカ(渦巻のような文様)」「アイウㇱノカ(棘のような文様)」「シㇰノカ(目のような文様)」の3つの形を組み合わせ、図柄を作ります。
文様のバランスと配置によって、二風谷イタの顔が決まる大事な工程です。図柄ができたら、文様の輪郭を線取りし、丸ノミで掘り下げて立体感と陰影を作ります。
二重線彫り
二風谷イタのメインの文様は、「アイウㇱノカ」となる場合がほとんどです。二重線彫りでは、メインの「アイウㇱノカ」の中を少しずつ削るように、文様のラインを加えていきます。この工程によって立体感が生まれ、二風谷イタの表情が豊かになります。
ウロコ「ラㇺラㇺノカ」の線入れ
文様の「モウレノカ」や「シㇰノカ」の間に、「ラㇺラㇺノカ」というウロコ彫りをする作業です。印鑑を作る際に使用する「印刀」という彫刻刀を用いて、枡目を引いていきます。木目は縦方向にするのが決まりです。「ラㇺラㇺノカ」は、文様と文様の間を埋めるように彫ります。
ウロコ「ラㇺラㇺノカ」の起こし
印刀の裏刃で、枡目をウロコ状に起こしていく工程です。左右から中心へ向かい合わせになるように彫ります。このウロコ面積の大きさと独特の表情が、二風谷イタの特徴です。
仕上げ
細部を調整したら、完成です。
アイヌの伝統工芸品が見られる施設
アイヌの伝統的工芸品「二風谷イタ」をはじめとした、アイヌの工芸品や文化に触れられる施設を3つ紹介します。いずれも北海道にありますが、道民以外の方も北海道へ訪れた際には、ぜひ立ち寄ってみてはいかがでしょうか。
平取町立二風谷アイヌ文化博物館
アイヌの民具や工芸品、関係図書などが展示されている博物館です。アイヌ(人間)・カムイ(神)・モシリ(大地)・モレウ(ゆるやかな渦巻き)といった、4つのゾーンに分かれており、それぞれ展示されているものが異なります。
アイヌゾーンは、衣類や食事、住居などの分野を中心に、生活用具が展示されているゾーンです。彫り物や縫い物など、アイヌの伝統的な技工や文様を楽しめます。カムイゾーンは、祈りや信仰、物語などの精神文化に触れられるゾーンです。ビデオブースもあるため、より親しみやすくなっています。
モシリゾーンは、農耕や狩猟、運搬などに関する資料が紹介されているゾーンです。現代の工芸家たちが再現した作品も楽しめます。モレウゾーンは、アイヌの技巧と造形美が紹介されているゾーンです。独特なアイヌ文様や造形を楽しめます。
敷地内には、重要文化的景観に選定された「チセ郡」という、アイヌの伝統家屋も見て回れます。アイヌの文化を肌で感じ、学びたい方は、ぜひ足を運んでみてください。
萱野茂二風谷アイヌ資料館
アイヌ文化研究者である「萱野 茂」氏が創設し、館長を勤めた資料館です。アイヌ民族の所蔵品だけでなく、世界の先住民族の民具や工芸資料など、千点以上も展示されているのが特徴です。
また国から重要有形民俗文化財に指定された、アイヌの民具1,121点のうち202点が展示されています。その全ては創設者である萱野茂氏が収集したものです。現在は萱野茂の息子である萱野志朗氏が館長を務めています。
萱野茂氏が収集した展示品を見て、アイヌの文化や暮らし、信仰などを学んでみてはいかがでしょうか。
ウポポイ(民族共生象徴空間)
アイヌ文化を復興・発展させる目的として2020年に設立された施設です。園内には国立アイヌ民族博物館や体験学習館、体験交流ホール、チキサニ広場など、さまざまな施設があります。またレストランやショップなどもあるため、アイヌの食文化に触れられたり、アイヌの工芸品をお土産として買ったりできるのも魅力です。
国立アイヌ民族博物館では、歴史や仕事、ことばなどのテーマについて幅広く扱い、多様な展覧会が開催されています。また大画面のシアターもあり、アイヌ文化を大画面の映像で見て学べるのも魅力です。
まとめ
これまでアイヌの伝統工芸品「二風谷イタ」について紹介してきましたが、いかがでしたか。アイヌの技術は洗練されていて、とても魅力的なのがお分かりいただけると思います。現代も作家たちが技術と文化を守り続けています。北海道へ訪れる際には、ぜひアイヌの伝統工芸品を見てみてはいかがでしょうか。