斬新な江戸切子の世界を開拓する注目の職人
但野英芳氏 参照:https://tokyoteshigoto.tokyo/feature/13tadanoglass/
但野英芳氏は、1970年生まれの江戸切子作家です。江戸切子とは、江戸時代末期から現在まで続く切子加工を施されたガラス製品のこと。薩摩切子と並び、日本を代表するガラス製品と言えます。但野氏は、伝統的な技術を継承しながらも、独自に進化させたモチーフを取り入れて、注目を集めている作家です。東京都の「江戸切子新作展」では、毎年のように受賞をし、高い評価を得ています。
建築設計の経験が活かされた独自のデザイン
但野氏が父である但野孝一氏に師事したのは1992年、それ以前は建築設計事務所で会社勤めをしていたといいます。江戸切子に興味を持ったのは、会社に勤めてから2年ほど経過したときのこと。父である孝一氏がコンテストで受賞した作品を見たとき、小さいころから見てきた江戸切子というものの、見方が変わったといいます。「デザイン表現の場を求めて外の世界へ出た訳ですが、身近なところに表現の場があった」と、語るように、広い視野で見たときに、身近にあるものの良さが、あらためてわかったということでしょう。
そして、外の世界での体験は、江戸切子の技術を習得していくにつれて、但野氏自身の個性となって作品にも表現されていきます。それは、建築設計のために鍛錬してきたデッサン力です。但野氏が書き溜めているデザインには、虎や魚、そして風景など、独自のデザインが描かれています。実は、このデザインを駆使することこそが、伝統的な江戸切子作品のなかで大きく評価される、但野作品たる所以となっているのです。
但野氏がつくる、進化した江戸切子
参照:https://story.nakagawa-masashichi.jp/70297
伝統的な江戸切子では、直線的に描く交差模様が多く採用されています。それらは、六角籠目紋や、糸麻の葉紋など古来から魔除けや縁起物として使用されてきた紋様です。但野氏はそれらの技術を踏襲しながらも、それを進化させ、風景や動植物などをモチーフとした作品をつくり出しているのです。
金魚をモチーフとしたものでは、尾ひれを曲線で表現して、本体部分は立体感のあるレリーフで表現。技術や工程にも独自の方法を取り入れて、活き活きとした金魚のデザインを浮かび上がらせていきます。このような手法は江戸切子において、極めて珍しく、但野氏独自の作風として高い評価を受けています。
父の加工所を継承し、試行錯誤の末に生まれた作風
但野氏は、父親である孝一氏に師事した後、2年半ほど一緒に但野硝子加工所で働きます。しかし、その後、父は他界。経営的にも職人としても、苦しい時期が続いたといいます。
差別化を目指して、研究を重ねた技術
参照:https://www.wazahito.com/hideyoshitadano?lightbox=image_roc
父親が残してくれた加工所を守るために但野氏が挑んだことは、差別化でした。前述のように、江戸切子は伝統的な紋様がほとんど。それを打破するために「エミール・ガレやルネ・ラリックといった西洋の作家の作品も見て回りました。あちこちと出歩いて良い景色を見かけると、これを切子で作れないかな?なんて考えたりしました」と、語るように新しい江戸切子を模索します。
そのなかで、但野氏は江戸切子の特徴でもあり、欠点とも言える大きなポイントに気が付きます。それは、「道具」でした。
新たな江戸切子は国外でも評価
参照:https://story.nakagawa-masashichi.jp/70297
但野氏は「江戸切子が幾何学的な模様ばかりたっだのには理由がありました。それは道具です。ガラスは硬い素材なので、ダイヤモンド素材の道具でないと深く彫れません。筆で絵を描くのとは違って、回転する研磨機で図柄を削り出していきます。曲線や細かい表現をするのには道具に工夫が必要だったんです」と、語っています。そして、その言葉通りに、さまざまな図柄を描くため、実に50種類にも及ぶ道具を用意しているそうです。
その努力に、国内はもちろんのこと、海外でも高く評価されニューヨーク、パリ「WAO工芸ルネッサンスプロジェクト」に選抜出品されるなど、注目を集めています。
但野氏が製作する、伝統を継承しながらも進化する江戸切子作品、それはあらゆる伝統工芸が今後も存続していくための、大きなヒントになるかもしれません。