アットゥシを通じてアイヌ文化を広める
柴田 幸宏氏 参照:https://pbs.twimg.com/media/FjwC8AZVIAArulF?format=jpg&name=large
柴田幸宏氏は、1989年北海道の音更町(おとふけちょう)の生まれです。調理師として働いていましたが、子供の頃に興味を持ったアイヌの伝統的な織物「アットゥシ」に魅了され、織物職人へと転身を果たしました。アイヌ文化では北海道の人でも、あまり知られていない部分が多くあります。 アットゥシもその一つで、平成25年北海道で初めて経済産業省の「伝統的工芸品」に指定されていますが、全国的な知名度はまだ高くありません。今回はアットゥシの普及を通じて、アイヌ文化も広めている織物職人、柴田氏をご紹介しましょう。
30歳を契機に「やりたいことをやってみよう」で職人の道へ
令和3年度アイヌ工芸作品コンテスト奨励賞を受賞した反物 参照:https://www.ff-ainu.or.jp/web/overview/business/details/3-2.html
29歳まで北海道内のレストランで調理師として働いていた柴田氏。30歳を目前にして、ある考えが浮かびました。それは、「やりたいことをやってみよう」ということ。20代にはできなかった人生のチャレンジを思い立ったのです。
そこで頭に浮かんだのが、子どもの頃に歴史の資料集で見た「アットゥシ」でした。当時詳しくは知らなかったため、インターネットで検索し、本物の アットゥシを見るために日高市にほど近い平取町(びらとりちょう)の二風谷(にぶたに)を訪れました。実物を見た柴田氏は、その素朴な風合いに魅了され、 アットゥシの技術を学ぶことを決意。地方自治体が地域魅力のPRのために任命する「地域おこし協力隊」に参加して、平取町へと移住を果たしたのです。
伝統工芸士のもとで織物職人への道を歩む
三島大世氏、貝澤守氏とコラボした、アットゥシで持ち手を包むように巻き付けた靴べら 参照:https://www.nibutani-ainucraft.com/project_detail/p434/
アットゥシとは、植物のオヒョウなどの樹皮の内皮からつくった糸を用いて機織りされた反物で、それらの中でも平取町二風谷エリアで継承されている伝統的な技法で作られたものを「二風谷アットゥシ」と言い、伝統的工芸品として登録されています。
この二風谷アットゥシを半世紀以上つくりつづけているのが、伝統工芸士である貝澤雪子氏です。2011年には、北海道アイヌ協会より「優秀工芸師」としても認定されており、受賞歴も多数。柴田氏はその貝澤氏のもとで、二風谷アットゥシの技法を学ぶことになります。
糸から作り始めるという大変な作業のアットゥシづくり。地味で細かい作業が続くことに、うまくいかないこともあったといいます。「自然のものなので、やりやすい時もあれば全然うまくいかないこともあります。むしろ、うまくいかないことの方が多いです。でもどんなにやりづらい時でも、綺麗な製品を作るのが職人の技術だと思っています」と、語る柴田氏。自然を相手にする難しさを技術でカバーする気概を感じます。
アットゥシで新しいチャレンジを
貝澤雪子氏 参照:http://nibutani.jp/artisan/y_kaizawa.html
アットゥシはアイヌの人々にとって、なくてはならない素材でした。ねじれやよじれなどの風合い、そして水に対する強さから、江戸時代以降は和人にも需要が高まり、アットゥシの反物一反と米数俵が交換されるなど優れた交易品だったのです。柴田氏は、それだけのポテンシャルのある素晴らしい素材を、自分の手で全国へと広めたいと思っています。
普段遣いのものをつくりたい
川村真優香氏とコラボしたベルト 参照:https://www.nibutani-ainucraft.com/project_detail/436/
「貝澤さんの織ったアットゥシを見ると、まっすぐで隙間もなく、本当にきれいなんです。僕はまだ隙間ができて、両端が曲がってしまいます。やってみて初めて分かるんですけど、熟練の技術ってそう簡単に身に付くものじゃないと思います」と語り、さらなる修行が必要と言う柴田氏。しかし、将来的には、伝統的なものだけではなく、チャレンジをしていきたい思いもあるようです。
「アットゥシの素朴な感じは男性にも馴染みやすいと思うので、日常的に使う物を作っていきたい気持ちが強いです」とも語り、すでに現代に即したアットゥシの用途も、頭の中に描いているようです。
職人としての「こだわり」を持ち続ける
柴田氏の指導でカセイソーダで煮たオヒョウを天日干しする様子 参照:https://www.nippon.com/ja/news/ks202106119446/
師匠とも言える貝澤氏は、柴田氏のことを次のように評しています。「こだわりが強い。職人にはこだわりが無いとだめ」。たしかに、細かい作業を妥協なく続けていくことは、「こだわり」がないと難しいことでしょう。柴田氏自身も。もちろんそのことには気づいていて、アットゥシ織物職人の「こだわり」を持って、日々研鑽を積んでいるのだと思います。
現在、その「こだわり」こそが、歴史に埋もれてしまったアットゥシという優れた技術を現代に蘇らせ、人々が手にする機会をつくっています。今後も柴田氏は伝統の技術にさらに磨きをかけて、新たなものづくりへと昇華させてくれることでしょう。