美しい生活道具を創造するデザイナー
大治将典氏 参照:https://o-ji.jp/
大治将典氏は広島県の生まれで、現在は小江戸と言われる埼玉県川越市を拠点に活動している手工業(しゅこうぎょう)デザイナーです。手工業とは「手作業の熟練によって行われる小規模な工業」などと定義されているように、大治氏は日本各地の小規模な地場産業や工芸品などのデザインを担当。さらにデザインや製作だけではなく、セールスプロモーションなどブランディングまで手掛けています。今回は日本の「手工業」という産業の発展を推進している大治氏をご紹介します。
書道の奥深さに刺激されて、デザインの道へ
木彫の町「井波」で製作された携帯ディフューザー『旅香合』 参照:https://www.axismag.jp/posts/2022/12/512336.html
大治氏が高校生の時に選んだ部活動は書道部。顧問の先生が個性的であったとの理由から入部を決めたといいますが、この書道部での体験が、デザイナーの道へ進むきっかけとなります。
それは、「書道」がアートとしての表現だけではなく、見てくれる相手を考えることも必要だと教わったからです。「先生はどんな文章でも、流行りの歌の歌詞でも、お手本を書いてくれて、毎回、『何を書きたいのか』『誰に見せたい(伝えたい)のか』『どこに飾りたいのか』と訊かれました」と、語るように、アートやデザインとは、相手のことを考えることだと知り、夢中になり、やがては自分の進むべき道として意識するようになったといいます。
グラフィックからプロダクトの世界へ
現代の日本の住空間に寄り添うよう作られた小さな仏壇「OGAMIDO」 参照:https://o-ji.jp/2021/12/15/ogamido/
高校を卒業後、大治氏は地元の広島工業大学に入学。環境デザイン学部で建築を学びます。卒業後は東京の建築のアトリエに就職しました。しかし、建築の仕事があまり性に合わず、地元に戻り友人とグラフィックデザインの事務所を立ち上げます。大治氏は売上げ確保のために、その事務所でグラフィックとともに、簡単な文具などの小物も製作し販売をはじたのですが、その体験が「ものづくり」の面白さに目覚めるきっかけになりました。
「今まで経験した建築よりも、グラフィックよりも、この大きさの物が自分には丁度良い、よく分かる、と感じ、きちんとプロダクトをやっていきたいな、と思いました」と、語るように、自分の進むべき道を見つけた大治氏は、グラフィックデザインの事務所は友人に託して、プロダクトデザインの道へと進む決意をします。
縁が重なり、手工業の世界へ
掃印のほうき 参照:https://shop.sojirushi.com/
自らの事務所を開設した大治氏のもとには、信頼できる人からの紹介など、さまざまな縁が重なり伝統工芸関連の仕事が来るようになっていました。そして、最初に手掛けたのは老舗のほうき店とのコラボレーションでした。「掃印(そうじるし)」という名前をつけて、グラフィックの経験を活かし、ロゴマークやパッケージなども手掛けています。この仕事の成果から、多くの手工業企業から声がかかり、大治氏は手工業デザイナーとしての道を歩み始めるのです。
問題点を「解決しない」スタンス
真鍮鋳肌の掛け時計「ルナ」 参照:https://o-ji.jp/2020/10/09/%e6%8e%9b%e3%81%91%e6%99%82%e8%a8%88%e3%80%80%e3%80%8e%e3%83%ab%e3%83%8a%e3%80%8f/
しかし、小規模な地場産業、地域メーカーには数々の問題点があることも事実です。そのような事例に対し、大治氏は問題を「解決しない」というスタンスをとります。「問題を解決することは、根本的な解決にならないと感じています。例えば、漆器は、漆塗り作業に手間ひまがかかり少量しかつくれないので、あるところでは合成樹脂を使うようになった。格段に生産量が上がりましたが、それが漆文化の衰退にもつながっています。問題を解決することで新たな問題を生む、そういう繰り返しをやめ、問題を魅力として捉えなおそうと思っています」。問題を魅力と捉え、デザインし、ブランディングをおこなう。これが、大治氏が大切にしている手工業のコンセプトです。
自分たちの販売流通網を
無垢の木をくり抜いて作られた、匙箱と箸箱 参照:https://o-ji.jp/2022/06/13/hollowed-out-cutlery-serving-tray/
現在の工芸品や手工業で制作された製品は、販売流通網が確立されておらず、製造から販売まで自社でおこなわなければならない状況です。少量生産品で安価ではない製品を、展示販売する機会もないのです。
そのことを実感した大治氏は、2011年に「ててて協働組合」を設立し、少量生産・手工業品を専門とする商談会や商店街(販売会)を毎年開催するようになります。これは、国内のみならず、海外にも販売代理店を立てて、手工業品を積極的に販売していこうというものです。
「伝統工芸だけど今の生活でも使える物、アートとして愛でる伝統工芸ではなく実生活で使える物にデザイン」を目指しているという大治氏。そのコンセプトこそ、昔ながらのものづくりが現代でも受け入れられていく新たなる視点となるかもしれません。