特別用途に使用する扇子の箔押しという仕事
米原康人氏 参照:https://kyotot5.jp/interview/craftsman-64/
米原康人氏は、大学4年生の頃に家業である京扇子の箔押し職人になることを決意。伝統ある工芸技術を継承するとともに、現代的な感覚も取り入れて扇子作家としても活動しています。米原氏が手掛けるのは、一般的に使用される扇子ではなく、茶道などの芸事や能や踊りなどの芸能に使用する扇子です。今回はその製作過程と米原氏のものづくりにかける思いをご紹介していきます。
扇子発祥の地で作られる京扇子
箔押し作業の様子 参照:https://www.thebecos.com/collections/yasuto-yonehara
京扇子とは、京都を中心に作られている扇子の名称です。竹と紙あるいは絹を主な材料としてのみ用いて、金箔や蒔絵などを施した京扇子は、美術品としての価値も高くなっています。
そのなかでも米原氏が手掛けるのは芸事や芸能に使うもの。これらは形状や大きさが決まっているそうで、例えば日本舞踊の場合は女性ものや男性ものなどもあって、流派や演目によっても使う扇子が決まっているそうです。
また、京扇子の工程は非常に細分化されており、多くの職人が分業で製作しています。この分業制こそ、京都の文化だとも言われており、米原氏はその制作過程の「箔押し」を担当しています。
大学卒業間近からの職人への挑戦
銀を燻すことで出来る「燻銀」。最終的には時間をかけて黒くなるのですが、その過程でできる色合いを使い、日本伝統の美意識の原点「無常観」を表しています。 参照:https://kinsaisensu.com/products/%e7%87%bb-6/
米原氏が家業である箔押しの仕事を目指したのは、大学4年生の頃でした。当時はリーマンショックもあり、就職が難しい状況のなか、職人への道を選んだのです。
ただ、やはり、最初は苦労の連続だったと言います。「例えば膠(にかわ)や漆(うるし)という接着剤を使う仕事があって、それらはどれぐらいの量でこの硬さになるとか決まっている訳ではないんです。その日の気温や湿度など環境に左右されるものなので、実際に経験して慣れていくしかないんです。他の仕事だったらある程度型に当てはめたらできることが多くて、人材がすぐに育てられると思うんですけど、その部分が工芸の難しいところなのかなと思います」と、語るように経験則による職人仕事は多くの失敗も経験したようです。
多くの経験を経て、職人としての仕事も上達をしていく米原氏ですが、ある悩みが芽生えるようになります。それは、職人としての仕事と自分が製作したい作品とのギャップという問題でした。
技術だけではなく、ものづくりの本質や文化の原点を伝えたい
絹扇子の型と京都の紙扇子を仕立てる技術が合わさることで日本らしいアップデートを遂げた最新の京扇子の形と言えます。骨の面積が大きいので優しくしなやかな風が来る事と洋服との相性が良くなっています。 参照:https://kinsaisensu.com/products/%e7%ae%94%e5%bd%a9-hakuiro-%e6%b0%b4%e6%b5%85%e8%91%b1/
職人としての自分と、伝統的な形だけではなく、さまざまな表現をしたい自分、その狭間で悩んでいた米原氏は、一つの結論を出しました。それは、「職人の自分が一番知っているところを、しっかり伝える作家であるべき」ということ。職人としての技術を駆使して、作家としての表現をするというものでした。
これからの職人像を模索
伝統工芸の箔を使用した柄をレジンに封入した素材を使用した時計 参照:https://www.instagram.com/p/CtbuEafvLa8/?img_index=1
「まだ僕が職人の世界に入るぐらいのときは、言われたことを完璧にこなしていたら良い職人と呼ばれていたんです。言われたことを言われた以上の完成度でこなしたり、数あるものを均一に綺麗に作業できることが良しとされてたんですね。ただ、今の時代それってもう機械の方が上手になっているんです。均一に綺麗にしていたら機械に仕事を持っていかれる」と語る米原氏。
技術だけを追求するのではなく、職人も表現者としての側面を持つべきだと考えています。そして、「本来の職人っていう役割だけでは、もう今の時代生き残れないのだと思います」とも語るように、技術だけを追求するのではなく、職人も表現者としての側面を持つべきだと考えています。
「日本のアイデンティティーを表現する扇子」
同じくレジン素材(天然樹脂と合成樹脂の総称)を使用したテーブル 参照:https://www.instagram.com/p/CtbuEafvLa8/?img_index=1
「モノづくりや海外での展示会を通じ自分のモノづくりの本質はなんなのか、何を伝える事ができるのだろうか、考えるようになりました」と語る米原氏。考えを巡らせるうちに、作家としての自分が表現したいものが具現化していきます。それが、金彩扇子作家としての米原氏が制作する作品コンセプト「日本のアイデンティティーを表現する扇子」です。
「もののあはれ」「幽玄」「侘び寂び」など、日本人が美しいと考え、受け継がれてきた情緒的な表現を原点として、新たな表現に挑戦していく米原氏の作品群は多くの評価を受け、伝統工芸士・京もの認定工芸士に認定、FA国際美術協会展新人賞や全国伝統的工芸品公募展入選などの受賞につながっています。
「これからも京扇子の仕事は頑張っていきたい」と語った上で、樹脂などの新しい素材のテーブルなどに、金箔押し加工を施すなど、新しいことにもチャレンジしている米原氏。これからの活動を通して、新しい職人の姿、そして作家としての姿を見せてくれることでしょう。